2012年4月30日月曜日

紅き月夜に 永遠の想い - 34.travers Desert Et-砂漠を越えて-


「うう……ッ、き……気分悪ッ!!」

ベッドに横になったものの、大きく波がうねる度に揺れる船に耐え切れず、あたしは起き上がると、横で寝息を立てて眠るフィオーネを起こさないように、静かに船室の外へと出た。

夜風に当たろうと思ってそのまま、甲板へと向かう。

アリルアを出発してから丸四日。
あたしはまだ大海原をゆっくりと航行する船の上に揺られていた。

目に映る光景は延々と続く、大海原に静かにうねる波だけ。

他に見える物といえば、見上げた空に交互に昇る太陽と月と星。
 
暁の祠でツキオウに次の目的を教えてもらったあたし達は、大急ぎで出発の準備を済ませて、東大陸へと向かっている途中だ。

今回は遠出になる為、小さなシャルロットとレナードはアリルアでお留守番。
 
シャルロットを一人置いてゆく訳にも行かず、満場一致……というか。

レナードは絶対について行く! と言い張ったけれど、普段から教会で孤児達に世話を焼いているレナードが適任だ、と、ジオルドとフィオーネが半ば強引にシャルロットの世話役をレナードに押し付けた――……と、言った方が正しいのかも知れない。

今回の旅のお供はジオルドとフィオーネ、それから騎士団の騎士が数人。

旅の目的は勿論、ツキオウを解放する為に必要な聖宝を探し出すのが大前提だけど、それとは別に突然いなくなってしまったアベルを探すことも目的の一つだ。
 
東大陸は遥か離れた遠方の地である事と他国にあたる為、竜を使用して大陸間を行き来する事は出来ないらしく。

よってこうして船に揺られている訳なんだけど、東大陸に到着するのは明日の夕方になるとの事。

しかもすぐにミストリア帝国に行ける訳ではないらしい。

平和同盟を結び、友好関係にあるアリルアとミストリア帝国は、本来なら面倒な手続きなしで自由に行き来が出来ていたそうだ。

だけど、月が異変を起こした直後から各国で不穏な噂が飛び交い、魔物も凶暴化しているからとか、色々な諸事情が絡み、今は入国手続きをしないと東大陸には入る事が許されない。
 
先に東大陸へ渡ったアベルは、ミストリア帝国から直々軍使招請を受けている為、面倒な手続きは一切なしで直接ミストリア帝国に向かえたそうだ。

そんなアベルとは違ってあたし達は完全に観光客扱い。
 
例え、アベルと同じ騎士団に所属し、その位置付けが副師団長であるジオルドが同行していようが、特例は認められない。

あたし達が東大陸に入る為には、まず大陸の南端に当たるフォレスという港町に行かなければいけない。
 
フォレスの町に設けられた関所で入国手続きを済ませて、初めて東大陸に入る事が許される。

ミストリア帝国は東大陸の中央部に位置し、フォレスからだと途中に広がる広大な砂漠を越えないと辿り着く事が出来ない。

東大陸にさえ行けば、すぐにでもミストリア帝国に行けると思っていたけど、その道のりは長くなりそうなものだった。
 
四本のマストに大きく張られた帆が時折、強く吹く風にバタバタと大きな音を立てる。

甲板に出たあたしは吹き上がる風に乱れる髪を押さえながら天を仰いだ。

見上げた空に満天の星が広がる。

アベルが居なくなってしまってから、早いものでもう二週間近くになる。

逢いたい気持ちは積もる一方なのに、なかなか思うように距離は縮まらなくて、もどかしさに地団駄を踏みたくなる。

今、どこで何をしているの?
今、何を思っているの?
 
あたしの事、ほんの少しでも考えてくれている?

あたしはいつもアベルの事を考えているよ。

アベルの事が片時も頭から離れない。

異世界から来たあたしがこの世界に来て、アベルに出逢えた事は奇跡に近いんだと思う。

同じ空気を吸って、同じ大地に立って、こうして同じ星空を見上げている。

それだけでも幸せなんだって、思わないといけないのかも知れない。

だけど、それでも傍にいたい。

片想いでもいいから、ただ、傍にいられたら、それだけであたしは幸せだから。

見上げた星空がぼんやりと歪んで滲む。

涙と一緒に抑え切れない想いが溢れ出して、止まらなくて。

「会いたい……会いたいよ、アベル……ッ」

あたしは揺れる波間に向かって叫んでいた――――

*� �***********  

360度ぐるりと何度見渡しても大海原しか見えない景色。


numbatsを保存するために行われているか

空に掛かる雲は薄らと茜色に染まる。
 
本当ならそろそろ大陸に着くはずなのに、陸地らしきものは一切見えて来ない。

五日間も続く船旅に流石に、体力的にも精神的にも疲れが見え始めたあたしのイライラはピークに達しようとしていた。
 
居ても立っても居られず、甲板を離れたあたしはそのまま、ジオルドの船室へと向かう。

「ジオルドッ!!一体、何時になったらフォレスの町に着くのよッ!!」      
 
大声を上げながら、ジオルドが待機している船室の扉を、ノックなしで勢い良く開く。

「うわッ!美緒ッ!!いきなり入って来るなッ!!」

ジオルドの慌てたような声と同時に、目に飛び込んでくる床一面に広げられたカード。

……と、その傍らに高々と積み上げられているコイン。
 
部屋の中には一緒に同船している兵士が二名+何故かフィオーネの姿。
 
突然、乱入して来たあたしに、部屋に居た全員が張り付いたような笑顔を見せる。
 
東大陸に着くのを今か今かと待ち侘びて、あたしが甲板でウロウロしている時に、目の前にいるこの人達はどうやらカードで賭けを楽しんでいたらしい。

緊迫感ない事と言ったらこの上ない。 

呆れ果てて言葉が出てこないあたしに徐々に怒りが湧き上がる。

「い……いででででで――ッ!!美……美緒ッ!!俺の耳を引っ張るなッ!!」

甲板に上る階段に木霊するジオルドの悲痛な声。

「るっさいッ!!ツベコベ言わずに付いて来なさいッ!!」 

怒り心頭のあたしはジオルドの耳を引っ張って、彼を強制的に甲板へと連行する。
 
甲板に出た所で引っ張っていた耳から手を離し、彼を釈放したあたしは腕を組んで、ジオルドの前に仁王立ち。

「ッ……てぇ……そんな目くじら立てて怒るなよッ!別に悪い事してないだろッ!」

あたしに引っ張られて真っ赤になった耳を押さえながら、ジオルドが怒鳴る。

「そうだけど……何かムカつくッ!!」
 
焦る気持ちからあたし一人だけ空回っている状態だ。

そんな自分に自己嫌悪に落ちながらも、イライラが募って、ついジオルドに八つ当たりしてしまう。

「美緒、焦っても仕方ないだろ?落ち着けよ」

ジオルドが小さな溜息を一つ溢してから、あたしを諭すように言う。

「分かってる……焦ったってどうしようもない事位……分かってるもんッ!!」

言葉を尖らせてあたしはジオルドからプイッと顔を背けてしまう。

どうしようもない苛立ち。
船上で過ごす日々は何もする事がないまま、時間を弄ぶばかり。

何もする事がないあたしは毎日アベルの事を考えていて、その度に葛藤を繰り返して、苦しむ日々。

逢いたくて、逢いたくて、仕方がない一方で、本当にこれでいいの?って迷う心もあって。

逢いたいと思う気持ちと迷う気持ち。

その二つがぶつかり合って、考えれば考えるほどに、自分がしようとしている事は正しいのか、間違っているのか、それさえも分からなくなる。

唇をギュッと噛み締めて俯くあたしを、眉根を下げたジオルドがどう扱っていいのか分からない、とでも言いたげな困り果てた顔をして見ている。

「美緒……あんまり思い詰めるなよ……」 

言ってジオルドが腕を伸ばそうとした時。

「前方に陸地が見えて来 たぞ!!面舵を一杯に取れ!」

大きな声と共に船員や水夫達が慌ただしく、あっちへこっちへと行き来し始め、船が大きく右側に傾きながら旋回する。
  
慌ただしくなった甲板の手摺りから身を乗り出すようにして、前方を見たあたし。

まだ先の方だけど、確かにそれは肉眼でも確認出来る。

西に沈みゆく夕陽に照らされて、蜃気楼のように浮かび上がる町の影。

「ジオルド!あれがフォレスの町?」

久しぶりに見る違う光景にやや興奮気味に振り返ったあたしに、夕陽色に顔を染めたジオルドが「ああ、そうだ」って答える。

さっきまでの不機嫌ぶりはどこに行ったのやら。

「きゃぁ―ッ!やったぁ!!これでやっと船上生活ともお別れ出来るんだぁ!」 

漸く見えた目的地にあたしはジオルドの手を取って、ピョンピョン飛び跳ねて大はしゃぎ。

陸地が見え始めてから、船が港に辿り着くまでに然程、時間は要さず、するりと港に乗り入れた船はそ� ��錨を下ろして、波止場に停泊する。

真っ先に船から飛び降りたあたしは大きな伸びを一つしてから、今まで航行していた水平線を振り返った。


質量は保存されている理由

水平線擦れ擦れまで沈み切った太陽が、海を真っ赤に染め上げ、今まで太陽が支配していた空には、輪郭がぼやけた薄紅の月が昇り始める。

長かった船上生活に漸く別れを告げ、東大陸に降り立ったあたし達。 

護衛で船旅のお供をしてくれた騎士団の兵士達とはここでお別れ。

ここから先はあたしとジオルド、フィオーネの三人で大陸中心部のミストリア帝国を目指す。

港町フォレス。
大陸最南端に位置するも、東大陸への玄関口にあたるこの町はそこそこ大きい町。

各国から沢山の船が乗り入れる港。
 
レンガ造りの大きなアーチを抜けると、石畳の幅広い通りが真っ直ぐと延びる。

通りの両脇には商店や露店が立ち並び、新鮮な果物や野菜といった食料品を扱う店を中心として、様々な品々が店先に羅列されている。

海が近い事もあってこの町の特産品は、やっぱり獲れたての新鮮な魚介類。

通り道の店先に並ぶ、大小様々な魚や貝は見ているだけで、食欲を刺激されちゃう!

残念な事はこのセラフィリアでも生身のお魚……要するに刺身を食べる習性はないんだって。

うーん、ヘルシーで美味しいのになぁ……この際、セラフィリアに日本食の文化を広めちゃおうかしら……

そんな事を考えながら、お店が立ち並ぶ一角を通り過ぎると、円形の大きな広場へと辿り着く。

広場には酒場と遊戯施設、そして宿屋が何件か軒を並べる。

大陸への入国手続きを行っている施設は、町の陸側の入り口に建つ。

だけど日が沈み切ってしまったこの時間。

流石に手続き業務は終了してしまっている。

入国手続きが出来ないとなると、この町からは出る事が出来ない。 

仕方がないので今日はフォレスの町でお泊り。

何軒かある宿屋の中から適当に一軒を決め、簡単な食事を済ませた後、明日に備え、早目に寝ようと思い、あたしは早々にベットに潜り込んだ。

船旅の間、あまり眠れなくて、睡眠不足なはずなのに。疲れだってピークに達しているはずなのに、あたしはなかなか寝� ��けずにいた。

ベッドのすぐ脇の小窓から見えるのは、紅の月。
 
見上げた月はいつもよりその色が深くて、まるで血に染まったように見えた。

それはあたしの心の中の不安な気持ちに、同調しているようにも思えた。

迷う気持ちがなくなった訳じゃない。ただ、逢いたいって想う気持ちの方が数倍勝っているだけ。

――……あたし、アベルと同じ大陸にいるんだ。

そんな風に考えて、一気に気持ちが昂ぶる。 

もう、本当にどうしようもない位、アベルの事が大好きなんだなって、改めて思ってしまう。

想うだけで胸が苦しくなってしまうほど、誰かを好きになるなんて予想外だよ。

それも住む世界が違う異世界でだなんて、神様は意地悪すぎる。

それでもあたしは神様に感謝するんだ。

苦しいけど。辛いけど。

心から好きだと思える人に出会わせて� ��れた奇跡を起こしてくれたのは、神様、なのだから――――

 
************
 
 
翌朝。 
目覚めたあたしを待っていたものは半日にも及ぶ、入国手続き。

町の陸側にどっしりと構える三階建ての大きな建物。

あたし達は朝からその建物内を、分厚い書類片手に上へ下へと何度も移動を繰り返し。

予想に反する東大陸への入国手続きは日本のお役所……いや、それ以上に大変。

 特に文字の読み書きが出来ないあたしは一苦労。
 
 ジオルドやフィオーネにフォローされつつ、手続きを全て終わらせた頃にはあたしはグロッキー状態。

 だけど今のあたしに休む暇なんてものはなし!
 
 手続きを終えて、大陸内を自由に移動出来る権利を得たあたしが向かう先はただ一つ。
 
 ――――ミストリア帝国。

 ツキオウを解放する為の聖宝探しをするにしても、今のあたし達にはこの大陸のどこに聖冠があるのか分からない。

 聖冠の手掛かりすらもない、雲を掴むような状態なのである。

「ミストリアはこの世界で最大の都市だから、行けば何らかの手掛かりが掴めるはずよ」

 とフィオーネが言えば、そのすぐ脇から、

「それにアベルもいるし、一石二鳥じゃん♪」

 と意気揚々、ジオルドが言葉を挟み込む。

 二兎追うものは一兎も得ず……って諺もあるんだけどね。

 と思いつつも、それは口には出さず、疲れた身体に鞭を打って、次にやって来たのは竜を貸し出ししているお店。


砂漠化とは何か

 竜を二匹借りてお店の裏の大きな牧草地で待っていたあたし達に、裏口から竜を運び出して来た小太りのおじさん。
 
 ご自慢らしい長く伸びた顎鬚(あごひげ)を撫でながら、「ところでお前さんたちはどこへ向かうんだ?」と質問。

 未だに一人で竜の背中に乗れないあたしを抱えていたジオルドが「ミストリアに向かう」と、おじさんの顔も見ずに答える。

 途端。
 顎鬚を撫でる手を止めて、少し難しい顔をしたのをあたしは見逃さなかった。

「何か問題でもあるの?」と今度はあたしがおじさんに質問をする番。

 あたしに質問におじさんは「うーん……」と一唸りした後で空を見上げた。

 同じように空を見上げてみる。
 空には太陽、雲も殆どない真っ青な快晴。
 
 山一つ越えれば砂漠地帯が広がるフォレスは、灼熱の太陽が降り注ぐ昼間はとても暑い。
 
 海から時折、吹き上げる風はあるものの、その風すら生温くて、ねっとりとした嫌な汗を掻く。

「ミストリアに向かうという事は、途中にあるエルヴィヌス砂漠をもちろん越えるのだな?」

「ああ、エルヴィヌス砂漠を越えねば、ミストリア帝国には行けないからな……先程から気になる口振りを見せているが何か問題でも?」

 流石、騎士団副師団長のジオルド。

 おじさんに対するテキパキとした対応振りは、アベルに引けを取らない位にカッコイイ!

「いや、問題というほどでもないが……砂嵐には気を付けた方がいい。砂漠の気候は山と同じで変わりやすい。晴れていても、突然嵐が起こる事もある。空飛ぶ竜といえど一度、砂嵐に巻き込まれれば逃れる事は出来まい」

 注意を促してくれるお� �さんの言葉は、確かにありがたいのだけど。

 これからその砂漠に向かおうとしているあたし達にとっては、ただの脅し文句。
 
 おじさんの言葉に少し嫌な空気。
 三人で顔を突き合わせて神妙な顔付き。

「……分かった。忠告はありがたく受け取っておこう」

 嫌な空気を払拭するようにジオルドが言って、あたし達はフォレスの町を後にした――――

*************

 大空高く羽ばたく竜の背中から眼下を見渡せば、随分小さくなったフォレスの町並み。

 その先に広がるのは太陽の光を反射して、キラキラと輝く深青色の大海。

 その景色を見ながらあたしは一緒に乗っているフィオーネに声を掛けた。

「ね、さっきのおじさんの話……大丈夫なのかな?」

「そうね、でもこの天候なら大丈夫。それに砂漠は今、雨季に入っているはずよ。スコールはあっても、砂嵐は考えられないわ」

 きっぱり言って退けるフィオーネはとっても� �もしい。
 
 ほっと胸を撫で下ろしつつ、「……ねぇ、フィオーネ」と更に話を振った後で、あたしは言いかけた言葉を途中で止めてしまった。

 前からずっと気になっていた事が二つ。

 一つはフィオーネ自身の事。 

 あたしより二つ上だけど、この世界で初めて仲良くなった女の子。

 花菜ちゃんとは少し違うけど、あたしにとっては良き友達で、頼りになるお姉さん的存在。

 ネフェルティスの陰謀で本来住むべき場所を奪われた、ヴェルヘイヌ国のお姫様。

 ヴェルヘイヌで再会してから何時の間か、一緒に行動するようになっていたけど、彼女自身これからどうするんだろうって、いつも気になっていた。

「美緒さん、何?」話を振ったまま、中々話し出さないあたしを不思議そうに見て、先を促す� ��

「……うん、フィオーネはこれからどうするのかな、って思って」

 あたしの言葉に手綱を握り締めたまま、フィオーネは長い睫毛を伏せ、エメラルドグリーンの瞳の上に落とす。

「月王様が解放されれば……ネフェルティスに心を奪われた父も目覚めるかと思って、貴女と旅をする事を決めたの」

「そう、なんだ」

「そうよ、だから美緒さん」

 そこで一旦言葉を切ったフィオーネは伏せていた睫毛をゆっくり持ち上げ、凛々しくも華やかな笑みを浮かべる。

「私が出来る事なら惜しみなく力を貸すわ、辛いかもしれないけど貴女一人じゃない。みんながいるわ、だから頑張りましょう」

 空に掛かる太陽が、戦ぐ風が、フィオーネの金色の髪に神々しい輝きを与え靡かせる。

 艶やかで� �優雅で、でも、力強く大地に根を張る大輪の花。
 
 フィオーネを讃えるとしたらあたしはこう答える。


 フィオーネの言葉に「ありがとう」と涙ぐむ。

 フィオーネ、ジオルド、バートネス……そしてアベル。

 その他の人達も含めて、あたしは本当に沢山の人に支えられている。

 それを思い知らされる度に、あたしは感謝の気持ちで一杯で、絶対にツキオウを解放しなきゃいけないって思うんだ。
  
「美緒さん、あれがエルヴィヌス砂漠よ」

 感涙しているあたしにそう声を掛け、フィオーネが少し先を指差す。

 あたしはゴシゴシと手の甲で涙を拭いながら、フィオーネが指差す方を見下ろした。

 あたしの背中には今しがた越えた山脈。
 そして眼前にはどこまでも続く黄金色に輝く砂の大地。

 波のない海のような黄砂の大地は、太陽の日差しを反射して黄金色の煌きを放ち、その美しさと来たらもう言葉に言い表せない位っ!

「わあっ! すっごくきれいッ!!」 

 黄金の砂地に目を奪われ、あたしはただただ感嘆の声を上げるばかり。

「でしょ?見る分には砂漠ってキレイよね。このまま三時間も砂漠を突き進めば、ミストリアが見えてくるはずよ」

「ッて……後三時間も掛かるのッ?!」

「そうよ、東大陸の三分の一はこのエルヴィヌス砂漠だもの。竜を使ってもそれ位の時間は掛かって当然よ」
 
 表情一つも変えずにケロリと言うフィオーネに、あたしは絶句。

 そ……そうなんだぁ……何て広い砂漠なんだろうッ!!

「もうすぐね、美緒さん」
 
「え?」

「もうすぐ大好きな人に会えるわね」

 砂漠の途方もない大きさに驚いていたあたしは、フィオーネの言い放った言葉に一瞬、思考が止まる。

 数秒後。

「エエエエエエ――ッ!!!!な、何でフ……フィオーネまで……ッ!!」

 顔を真っ赤にしたあたしは半泣き状態で大絶叫。

 あたしの突拍子の無い声は、前を行くジオルドの耳にも届いたようで、チラリとこちらの方をジオルドが振り返るのが見える。

「分かるに決まってるでしょー……あんなあからさまな態度。多分本人も気付いてるでしょうけど……」

「……うッ……」

 呆れ口調のフィオーネに返す言葉もなく、あたしは恥ずかしさにたじたじ。
 
 同時に。

「じゃあ……フィオーネはアベルの事、好きじゃないの?」

 フィオーネに聞きたかったもう一つの事をすんなり口にする。

「そんなに嬉しそうな顔されると、何だか意地悪したくなるわねぇ……お生憎さま、彼の事は何とも思っていないわ」

「ほ……本当に?」

 顔の筋肉を緩めて思わず、そう聞き返したあたしだったけど。
 
 良く考えてみたらフィオーネが、アベルの事をどう思っていようとあたしの場合。
 
 一度告白して玉砕しているんだから、状況は変わらず片想いって奴なんだよね。

 現実をひしひしと味わって、がっくりと項垂れるあたし。

 その時だった。

 突然、風が吹き荒れたのは。

 慌てて見上げた空はどんよりとした暗雲に覆われていて。

 そして気が付いた時には何もかもが遅くて、あたし達はあっという間に竜巻のような巨大な砂嵐に巻き込まれていたんだ。

 叫ぶ暇もなかった。

 あたしも、フィオーネも、ジオルドも。
 みんな、みんな大量の砂と共に体を巻き上げられていて。

 捻られる様に宙に舞った体に走る激痛。砂塵で見えない視界。 

 ――――アベ……ル。

 遠ざかる意識にあったのは、愛しい貴方。



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